【51】過労気味の社員が倒れたが定期健診の未受診が労災給付に影響する?

【 Question】

先日、従業員が自宅で脳疾患を起こし、病院に運ばれました。ご家族は、「特別の自覚症状はなかったが、最近、仕事で疲れ気味だった」とおっしゃいます。ここ数年、本人が社内の定期健診を受けた記録がありませんが、受診していれば病変の早期発見が可能だったかもしれません。
仮に本人・家族が労災の申請をしたとして、健診を受けていない事が何か障害になるのでしょうか。

 

【Answer】

~支給制限は課せられない~

業者は、1年以内ごとに1回、定期健康診断を実施し(安衛則第44条)、その結果を5年間保存する(同第51条)義務を負います。健康診断実施後は、有所 見者について医師の意見を聴き(安衛法第66条の4)、作業の転換・労働時間の短縮等の措置を講じなければいけません(同第66条の5)。

健康診断の実施義務、記録の保存義務に違反した場合、50万円以下の罰金が科せられます(安衛法第120条)。作業転換等の健康診断実施後の措置に関しては、罰則規定は設けられていません。しかし、適切な対応を怠っていて健康事故が発生すれば、安全配慮義務違反(労働契約法第5条)を問われます。労働者・家族が民事賠償を求めて裁判を提起すれば、会社は不利な立場に立たされることを覚悟しなければなりません。

しかし、会社が健康診断の手配をし、従業員に受診を呼び掛けても、最終的に医療機関に行くか否かは本人の判断にゆだねられます。健診車等を利用して、社内で健診を実施しても、外出等した従業員の首に縄をつけて、引っ張ってくるわけにはいきません。

一方、安衛法では、労働者側にも受診義務を課しています。第66条第5項では、「労働者は、事業者が行う健康診断を受けなければならない(ただし、本人が希望する医師の健康診断を受け、会社に提出することも可能)」と規定しています。しかし、罰金等の罰則は課せられていません。

民事賠償という観点からは、本人が受診を拒否し続ける場合、「公平や信義則の観点から、使用者は安全配慮義務を免れ、またはそれが軽減される」と解されています(安西愈弁護士)。

労災保険との関係では、「労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、負傷・疾病・障害・死亡もしくはこれらの原因となった事故を生じさせたときは、保険給付の全部または一部を行わないことができる」(いわゆる支給制限、労災保険法第12条の2の2)という規定が気になります。しかし、この支給制限規定は、「事故発生の原因となった行為が、法令上の罰則の付されているものに違反する場合」に限って適用されます(昭52・3・30基発第192号)。

前記のとおり、健診の未受診に罰則は課されていないので、労災保険の請求には問題がないと考えられます。しかし、「受診拒否を続けるなら、会社は安全配慮義務を負わない」点を明確に伝え、本人が受診に同意するよう努めるべきでしょう。

(2012年9月)

 

 

 記事投稿日: 2015年07月20日
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