【裁判例】使用者による年次有給休暇の時季変更権行使
年次有給休暇(以下、年休)は労働者が請求する時季に与えることが原則ですが、使用者は事業の正常な運営を妨げる場合には時季を変更できるとされています。この時季変更権に関する訴訟が、令和3年1月13日、東京高等裁判所で行われ、使用者による時季変更権の行使を容認する判決が下されました。
本稿では、この訴訟の判決のポイントをご紹介いたします。
1.判決の内容について
本裁判は、都営バスの運転者を務める労働者が、年休の取得を妨害されたことにより持病が悪化したとして、東京都に200万円の損害賠償を求めたものです。そのあらましは以下の通りとなります。
前提
・都交通局では、7月1日~9月30日までの夏季の期間、年休とは別に5日間の夏季休暇を付与していた。
・労働者の勤務する営業所では、長年の労使慣行で、夏季の期間中は労働組合が休暇の希望を聴取して事前の調整を行い、シフトを決定していた。
・労働者は心臓に持病を抱えており、薬で発作を抑えていたため、服薬はバス勤務の条件となっていた。
経緯
①平成4年7月、労働者は都交通局に都営バスの運転者として任用された。
②平成29年6月、労働組合に対し医療機関の予約表を添付した休暇申請書を提出し、8月9日に年休を取得したいと申し出た。
③労働組合の副支部長は書面で、夏季休暇が確定したあとは、慶弔休暇や配偶者の出産など、急きょ発生した家族的責任に関する休暇以外は、個人で勤務日を交代して対応するルールとなっているため、年休は認められないと回答した。
④労働者は主治医の都合で特定の週の水・木曜しか診察を受けることができないとして、再度書面で休暇を申請したが、同副支部長は営業所長の指示で同様の回答をし、労働者は8月9日に年休を取得できなかった。
⑤労働者は8月14日、発作を発症し、8月16日~11月7日まで病気休暇を取得した。年休の取得を妨害されたことで、手元に薬がなくなり持病が悪化したとして、都に慰謝料など199万4,560円の支払いを求める裁判を起こした。
反映
【一審判決】東京地方裁判所
労働者の請求をすべて棄却し、夏季休暇の期間中は代替要員確保が難しく、時季変更権行使は適法だったとしている。また休暇申請を拒否した際、労働組合が交代要員を探す提案をしたものの、労働者は当該提案を断っており、交代要員を探しようがなかった点も強調している。
【二審判決】東京高等裁判所
高裁も一審判決を維持した。労働者は年休の取得理由によって時季変更権を行使するかどうかを変える運用は違法と訴えたが、「長らく職場慣行として行われてきたものであって、慣行内容も著しく不合理なものといえない」とし、労働者の訴えを退けている。
2.判決のポイント
時季変更権を行使する際の「事業の正常な運営を妨げる場合」か否かの判断に関して、参考となる裁判例をご紹介します。
■弘前電報電話局事件 昭和62年7月10日最高裁判決
①代替勤務者配置の難易は、判断の一要素となるというべきであるが、特に、勤務割による勤務体制がとられている事業場の場合には、重要な判断要素であることは明らかである。
②したがって、そのような事業場において、使用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしないことにより代替勤務者が配置されないときは、必要配置人員を欠くものとして事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできないと解するのが相当である。
今回の裁判では、①都営バスという「定時運行が使命の業態」ということもあって、代替勤務者の確保という面は重く見られおり、そのうえで年休とは別の夏期休暇の付与期間中において代替勤務者の確保は難しいこと、②労働組合が代替要員を探す提案(配慮)をしたにも関わらず、労働者自身が断っていることを重く見たこと、が今回の判決につながったのでしょう。
2.さいごに
柔軟な働き方が推奨されている風潮のなかで、自身の希望する時季に年休取得をしたいという労働者の声はますます高まることでしょう。出来るだけ労働者の希望通りに年休を与えることは、労働者のモチベーションアップにもつながります。そして、年休を取りやすい風土づくりは、社内の風通しを良くし、業務の繁閑の平準化は、残業代等労務費の削減につながってきます。年休取得それのみに目を向けるのではなく、様々な効果に目を向けて取り組みを進めると、より良い結果を得られるのではないでしょうか。
------------------
« 新型コロナウイルス感染症の労災補償について | テレワークに関するガイドラインの改定 »